k​.​TAMAYAN - 新​沢​モ​ト​ヒ​ロ 前編

from つ​く​ポ​エ vol​.​1 by つくばポエムコア同好会

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lyrics

新沢モトヒロは平均より少し優秀な大学生だった。
関東の有名国立大学に進学し、成績は上々。
周囲からの評判もよく、彼女もすぐできた。
その実力からサークルの代表にも選ばれ、幾多の難関を突破してきた。

これはそんな新沢の物語だ。

ある日のこと、彼はいつもの様にポイッターを眺めていた。
メンヘラ腐女子 リア充バンドマン キチガイ男子
タイムラインは相変わらず色々な書き込みに溢れている。

そんな中に混じって、彼の大好きな音楽ユニット
「ワールドアンドボーイフレンド」が新曲のプロモーションビデオを宣伝していた。

タイトルは「なまちゃん feat.POOL」

人一倍音楽に敏感な彼だが、この「POOL」という名前には聞き覚えがなかった。
動画の説明を読むと、どうやらこの男は「ポエムコア」なるジャンルの提唱者らしい。

「ポエムコア?」
新沢はこのジャンル名にも聞き覚えがなかった。

「俺が知らないということは、きっとマイナーなジャンルに違いない」
そう思った彼はさっそくポイッターで検索をかける。
するとファンと思わしき人々による大量の書き込みが現れた。

「POOLさん、ついにデビューか~」
「ポエムコアといえば、やっぱりブリーフ1枚だよね」
「なまちゃんが主人公の大作!これを待ってた!」

次々と現れる書き込みを眺めながら、新沢は思った。
「もしかして、ポエムコアを知らない俺のほうがおかしいのか…?」

さっそく動画を視聴してみる。24分という大作。
ブリーフ1枚の中年男性を主人公にした壮大な物語が、感動的な音楽と共に綴られる。
新沢はこれまで味わったことのない衝撃を受けた。

「これが…ポエムコア」

彼はそのまま、POOLが主催するというネットレーベル
「ポエムコアキョート」にアクセスした。
次から次へと刺激的な作品が現れ、彼の心を奪っていく。

興奮冷めやらぬ新沢は、さっそく自身もオリジナルのポエムコアを制作することにした。

最初の作品は、リストラされたサラリーマンが女子大生を鈍器で殴るというストーリーだった。
出来上がったポエムコアをさっそくネットにアップする。

しかし、2週間たってもこれといった動きはない。
数人の知人に勧めてみるも、反応はいまひとつだった。
やはり、ポエムコアは一般には受けないジャンルなのだろうか。

それでも彼はポエムコアを作り続けた。
次々と新曲をアップし、ライブも行った。
しかし曲の再生数は10にも満たず、ライブにはお客さんが5人しか集まらなかった。

そもそも、創始者であるPOOLのカリスマ性に圧倒されて、彼の作品は注目されなかったのだ。
POOLの圧倒的なオリジナリティ、それに立ち向かうのはあまりにも困難だった。

そんな時、彼の前に一人の男が現れる。
大学2年生の頃からの友人「ジョンガ」だ。

ジョンガは彼の周りで唯一ポエムコアに興味を持ってくれた人物だった。
ミックス技術にも精通した彼の力を借り、新沢の作品はクオリティを高めていく。
同時に、ジョンガも自身のポエムコア作品をリリースし始めた。

ジョンガのポエムコアはPOOLの巧妙なレプリカとでも言うべきものだったが、
それなりの再生数を稼いでおり、POOL本人からポイッターでリポイートされることもあった。

新沢はここに来て形容しがたい対抗意識に駆られるようになる。
そして、30分を超える大作「団地妻と逆立ち男」を制作する。
あとはミックス作業を残すのみとなった。

だが、その時ジョンガは36時間を超える超大作
「ナマコ星人ぽにょにょん」の制作に取り掛かっていた。
完成すればポエムコアの歴史に残るかもしれない。

新沢の心に凄まじい嫉妬心が湧き上がる。
ジョンガの自宅までは竹馬で3時間。
ネットでやり取りが簡単にできる時代だが、
新沢はジョンガの家に直接乗り込まずにはいられなかった。

深夜2時。つくばシティの闇の中を竹馬で疾走する新沢。
12月の寒さはタンクトップ1枚の彼の肌を容赦なく刺した。

新沢がジョンガの家に乗り込むと彼は河原で拾ったエロ本を読んでいた。
「新沢くん、ポエムコアにはエロ本が必要なんだ」
彼は真剣な眼差しで語り始める。

明け方まで激論を交わしたあと、新沢は再び竹馬で自室に帰った。
するとパソコンの前に黄色い雪だるまのようなキャラクターが鎮座している。

「やあ、おそかったね。待ちくたびれたよ」
「お前は誰だ」
「おいらはもにゃもん。君に一つアドバイスをあげよう」
「アドバイス…?」
「君にはポエムコアの才能がある。でもそれを開花させるにはあとワンステップ必要なんだ」
「なんだい?そのワンステップとは」
「君は、うなぎになるんだ」
「うなぎ…?」
「そう、うなぎ。そうすれば、君は世界トップクラスのポエムコアマンになれるよ」

そういうと雪だるまのようなキャラクターは霞のように消えてしまった。
夢でも見ていたのだろうか。しかし、奴の言葉が頭から離れなかった。

「うなぎになる…なんてクリエイティブなんだ!」

彼は行きつけの図書館でうなぎになる方法を徹底的に調べた。
その結果、一つの結論にたどり着く。

それからすぐ、新沢は大学から姿を消した。

1ヶ月後、彼は再び街へと戻ってきた。いつの間にか大学院生になっていた。
うなぎになるという彼の目標、世界最強のポエムコアマンになりたいという欲求。
それらに対する答えを今ここに彼は示した。

新沢は、全身にローションを塗りたくり、ぬめぬめになっていたのだ。
服装はもちろん全裸。
そのまま彼は街へと繰り出していく。
自作のポエムを口ずさみながら、商店街を練り歩く。

魚屋のおやじが彼に声をかける。
「何をやってるんだ君は」
「見てわかりませんか?僕はうなぎなんです」
「なんでもいいが、パンツくらい履いてくれ」
「うなぎはパンツを履きませんよ」
おやじはそれ以上言い返すことができなかった。

やはり彼の作戦は完璧だったのだ。

それからまもなく、向こうから見覚えのある顔が現れた。
ジョンガだ。

彼は開口一番こういった。

「いやはや、君には負けたよ。新沢、君こそ世界一のポエムコアマンだ」

二人は固い握手を交わし、朝まで公園で飲み明かしたという。

それから8年。ポエムコアはスカムなネタ程度という認識で、世間からすっかり忘れ去られていた。
その代わり台頭してきたのが「oscilloword」というジャンルだった。

「oscilloword」は2015年に19歳の日本人大学生「銀シャリジミー」が提唱した音楽で、
ヨーロッパを中心に圧倒的な支持を得ていた。
そのスタイルはポエムコアとよく似ていたが、oscillowordのほうが圧倒的にキャッチーで、ダンスミュージックとしての完成度も高かった。

新沢は再び嫉妬心に燃えた。モニター反射する新沢の歪んだ顔は、ひどく滑稽だった。
彼は久しぶりにポエムコアの制作を開始する。全360時間に及ぶ超大作「つくば叙事詩」だ。
制作作業は難航を極めた。朗読パートを録音するだけで数ヶ月を要した。

気がつけば彼は35歳。定職にもありつけず、窓の清掃で食いつなぐ日々。
唯一の娯楽は、ネットに散らばる無料コンテンツだけだった。
生活は一向に楽にならない。それでも彼はめげなかった。

そして2016年12月24日「つくば叙事詩」は完成する。
つくばシティを舞台に繰り広げられる壮大な物語。
主人公は若き日の彼自身だ。輝かしい大学時代から、ポエムコアに人生を捧げるようになってからの日々。
それは喜劇的でもあり、悲劇的でもあった。
今ここに、歴史に残る作品が完成したのだ。

しかし、彼はそれをネットに発表できなかった。
他人からの批判が怖かったのだ。
ネットにはゲスな悪意が渦巻いている。新沢のような隙のある人間はすぐカモにされてしまうだろう。
それが、彼の現実だった。

新沢は今日も窓拭きのアルバイトへ出かける。
勤務先に向かう電車の中、彼の頭のなかにはポエムコアが鳴り響いていた。

credits

from つ​く​ポ​エ vol​.​1, released January 18, 2017
music&lyrics:k.TAMAYAN

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