k​.​TAMAYAN - 新​沢​モ​ト​ヒ​ロ 後編

from つ​く​ポ​エ vol​.​1 by つくばポエムコア同好会

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lyrics

「ジョンさん、ちーっす」
ジョンガのアパートに、真昼間から見知らぬ不良少年が押しかけてきた。

植物の観察日記をつけていたジョンガは取り合おうとしない。

「もー、ジョンさん聞いてくださいよー」
不良少年たちが木刀を振り回す。
「うるさいなあ、帰れよ」
ジョンガは無抵抗主義を貫く。

しかし、ジョンガの訴えも虚しく、彼は机から引き剥がされてしまう。
床に転げおちる角山ジョンガ32歳。現在無職。
右手にはペンタブ、左手にはよじり棒が握られていた。

彼はこれから大事な仕事に取り掛かろうとしていたのだ。
不良少年たちが帰ると、ジョンガはPCモニターを見つめる。
深夜1時に開くリーパー。闇の中が現場だ。

2015年、彼は衰退したポエムコアを蘇らせるための禁断の一手を考えていた。
2年前にPOOLが引退したことにより、ポエムコアは世間から忘れ去られようとしていたのだ。

失われた文化を再生するためには、過去を捨て、次のステージに進まねばならない。
そう決意したジョンガは、ポエムコアを超えるニュージャンルを提唱しようとしていた。

その名は「oscilloword」

繰り返されるキャッチーなメロディと洗練されたダンスビートにのせ、シュールなポエムが朗読される、
スタイリッシュな音楽だ。
歌詞には25ヶ国語の翻訳を付け、刺激的なプロモーションビデオも制作した。
そして彼は「銀シャリジミー」と名乗り、自身を19歳の大学生と偽ったのだ。

こうした作戦により、
彼の創りだしたoscillowordは瞬く間にヨーロッパを中心に話題となった。
今や「銀シャリジミー」の主催するネットレーベルからは毎日のように刺激的な音源がリリースされ、
クラブを借りて行われるリリースパーティには沢山の若者が集まっている。

そんなoscillowordシーンの状況を、かつての親友「新沢モトヒロ」が嫉妬の眼差しで見ていることなど、
ジョンガは知る由もなかった。

一流のポエムコアマンだった新沢はPOOL亡き後もポエムコアを作り続けていたのだ。
だが、今の新沢には作品を世界に発表するだけの勇気はない。

彼の最後の超大作「つくば叙事詩」は、今もPCのハードディスクの中だけに眠っている。
この事実を知っているのは、新沢本人と、もう一人。
黄色い悪魔「もにゃもん」だ。

「新沢くん、久し振りだね」
「その声は…」
「君のつくば叙事詩、聴かせてもらったよ。なかなかいい出来だね。
 さすがのおいらでも360時間はこたえたけど、やっぱり君は一流のポエムコアマンだよ」
「あれはもういいんだ。誰にも聴かせるつもりなんてない。
 それに、俺はもうポエムコアマンなんかじゃない」
「本当にそれで良いのかい?あれを世界に解き放てばoscillowordなんて一撃だよ?」
「そんな戯れ言はうんざりだ。俺はこの現実を受け入れる。
 俺は、お前みたいに根拠の無い希望で人を躍らせる奴が大嫌いなんだ」
「残念だな。じゃあ最後に一つ教えてあげよう。銀シャリジミーの正体は、君の旧友ジョンガだよ」

新沢は黙りこんだ。
こいつの言うことは真実か、はたまた虚言か。
どちらにせよ、今すぐジョンガの元へ行かねばなるまい。

「それじゃあ、健闘を祈るよ」
そのキャラクターはそう言うと、いつものように消え去った。

新沢はしばし考えこみ、夜の街へとかけ出した。
かつてジョンガと激論を交わした、あの日の夜のように。

首都高の下をくぐり、繁華街を走り抜ける。
ただ闇雲に、自分を信じて走る。
走っているうちに、かつての思い出が蘇る。

「新沢くん、ポエムコアにはエロ本が必要なんだ」
「エロ本?」
「今じゃエロはネットで簡単に手に入る。でも俺は今でも隣町まで走ってエロ本を調達する。
 なぜだと思う?」
「さあ…」
「何が本当で何が嘘かなんて誰にもわからない。だから俺は自分の目で見たエロ本の情報しか信じない。
 振りかざすだけの正義じゃ本質には届かないんだぜ」

「おいらはもにゃもん。君に一つアドバイスをあげよう」
「君は、うなぎになるんだ」

「いやはや、君には負けたよ。新沢、君こそ世界一のポエムコアマンだ」

気が付くと、鬼怒川の川べりに素っ裸で立っていた。
「ちっ。服は空気抵抗で持ってかれちまったか」
そう思った瞬間、足首をがっつりと掴まれた。

「捕まえたぜ」
「お前は、ジョンガ…!」
「いつか俺を探しに来るんじゃないかと思ってたよ」
「お前があの銀シャリジミーなのか?」
「ああ、そうだ。もうポエムコアの時代は終わったんだよ」
「お前にとってはそうかもな。俺も、もうポエムコアマンなんかじゃない。
 だが、ポエムコアはまだ終わっちゃいないんだ。振りかざすだけの正義じゃ本質には届かないんだろ?」

ジョンガは不気味な笑みを浮かべた。

「じゃあ、お前のポエムコア、聴かせてみろよ」
「ああ、望むところだ」

それから360時間、新沢はポエムを読み続けた。
街の雑踏、カラスの鳴き声、救急車のサイレン。すべてがポエムのバックトラックになった。

そして、新沢の朗読が終わった時、二人は無言で見つめ合っていた。

「新沢…やっぱりお前は本物だな」
「ありがとう。お前がそう言ってくれればそれでいい」

二人が握手をかわそうとした瞬間、目の前に黄色い雪だるまのようなキャラクターが現れた。

「新沢くん。突然の報告だけど、この物語はもう終わりなんだ」
「なに?…どういうことだ?」
「こういうことさ」

突然、新沢の周りの風景が紙の立方体を展開するように開かれていく。
辺りがホワイトアウトしたあと、気づくと新沢は自室で一人PCモニターを眺めていた。
机の周りには、空になったコンビニ弁当の容器が転がっている。

何が本当で何が嘘かはわからない。
ただ、このままなんとなく一日を終えるのは嫌だった。
新沢はタンクトップ1枚で6畳のアパートを飛び出す。
月の見えない夜だった。

「全てが嘘でもいい。俺が何者でも構わない。ただ、俺は俺のために走るんだ」

闇 スケベ心 ナイフのような自意識
今ここに、新たな物語が始まろうとしていた。

credits

from つ​く​ポ​エ vol​.​1, released January 18, 2017
music&lyrics:k.TAMAYAN

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