k​.​TAMAYAN&​の​の​は​な​さ​と​詩 - 空​か​ら​の​使​者​が​降​り​立​つ​場​所

from つ​く​ポ​エ vol​.​1 by つくばポエムコア同好会

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lyrics

流れゆく いらかの波や 平和かな

うららかな晴れた冬の日の昼下がり。僕たちは電車にのっている。黄色い電車は街の中、その少し上を走る。
窓からは温かい光が差し込み、その温度を和らげるように空調が微風をそよがせている。
昼間特有のまどろみがどことなくある。
音はといえば、空調と、親子のきれぎれの会話の声くらいである。
映画の冒頭のシーンを見ているようだ。何かが始まりそうな淡い期待。それが良いことなのか、悪いことなのかはわからない。ハッピーエンドなのか、はたまたバッドエンドなのかも。けれど実際はそんなこと、どうでもいいことなのかも知れない。

現実の世界には、ハッピーエンドもバッドエンドもない。あるのはただ、無数の暫定的な出来事と、重なり合う人々の一生だけだ。
ハッピーな展開とか、バッドな展開というのはあるかも知れないけれど。

そういう波の中を、無数の人生が蠢いている。互いに交わったり、交わらなかったりしながら。
そういう意味では、同じ電車に乗り合わせた赤の他人同士が言葉を交わし合うことはほとんどない。
ただ同じ時間と空間を共有して、一緒くたになって移動して、何人かは同じ駅で電車を降りる。けれどもやっぱり僕らは一向に、赤の他人のままである。

何はともあれ、差し込む光は温かく、いらかの波は呑気にその温かい光を反射している。

ガタタンガタン

不意に、目の前が暗転する。

次の瞬間、僕は夜の海辺に立っている。
遠くに町明かりが見える以外に光はない。灯台もない。
町の明かりを反射して、砂浜に落ちている青っ白い流木が光を放っている。
波の音がする。
それは想像するときよりもずっと微かで、聞こうとしなければ聞こえない。何か大きな動物の、寝息を聞いているような気持ちになる。
潮の香りがする。
波の音よりもこちらの方がずっとはっきりしているように感じられる。でもそれも、掴もうとすると逃げてしまう。

僕は、昼下がりの電車に戻りたいと思う。
ここは少し寒い。
徐々に潮が満ちてきて、立ち尽くす僕のスニーカーを、そしてその中の僕の靴下を、少しずつ濡らしていく。
左足を上げると、湿った砂浜の砂の「ぬちゃ」という感触がある。

目を閉じて、電車に満ちていた光を思い出す。
空調から出るそよ風を思い出す。
子どもが笑い、母親がその子を嗜める声を思い出す。
しばらくの間、また目の前が暗転するのを待ったが、その瞬間は一向に訪れない。

波打ち際から少し距離をとろうと後ずさる。
大きな流木がすぐ後方にあったので、それに腰掛けることにする。
流木は僕の体重で少し傾くが、僕の踵の辺りの砂に、その先にかつて枝があったものと思われる、幹から少しとびだした部分が食い込んで安定する。
僕は肩の力を抜いて、そこで深呼吸をする。そして波の音に、もう一度耳をすます。手をついた流木の表面に砂が付いているのを感じる。
波の音に自分の呼吸を合わせてみる。けれど海は、寄せたと思ったらいつの間にか返していて、返したと思ったらいつの間にか寄せている。さっきは一頭の大きな動物の呼吸だと思ったが、そういうものでもなさそうだ。たくさんの大きな動物の群れかも知れない。

いつの間にか月が出ている。ほとんど真ん丸の月だが、右上が少し欠けているようにも見える。
空には雲が多いから、月はあまり長い時間はっきりと姿を見せることがない。
雲の流れは早く、音もなく、町がある方に流れていく。
潮がだいぶ満ちてきた。
もう流木の辺りにも、波が打ち寄せて来始めている。

雲が月をすっかり隠してしまったとき、僕は流木から立ち上がる。そして一度、軽くつま先立ちになって伸びをして、左の足から前に踏み出す。
もう目の前は波打ち際だから、足が地面に着く前に「ちゃぷん」と音がする。
すかさず今度は右足を前に踏み出す。「ちゃぽん」。
左足。「ばしゃ、ちゃぽん」。
右足。「ばしゃちゃぽん」。
左、ばしゃちゃぽん。
右、ばしゃどぽん。
ばしゃどぷん。
ばしゃどぽん、
ばしゃどぽん、
ばしゃ、
ばしゃ、
ばしゃ、
ばしゃ…

腰まで浸かるところまでまっすぐ進んだあたりで、体が震えていることに気が付いた。寒いのは無理もないが、服を着たまま冷たい塩水に浸かる感触が、今は気持ちいい。
シャツの裾も濡れて、水面にゆらゆらと浮かんでいる。

また月が顔を出した。

僕は右手を水の中からゆっくりと引き上げて振りかざし、一呼吸置いて、その右手を、今度は勢いよく目の前の水面に叩きつけた。そしてそのまま、右腕から引っ張られるようにして水の中に上体を滑り込ませる。

「じゃぽーん」

身体が海水に包まれる。
頭の上で、髪の毛がゆらゆらとそよぐのがわかる。
たくさんの気泡が、仰向けになった背中を伝って登っていくのがわかる。

暗転が訪れる、と思ったが、それはやはりやっては来ない。

海の中は静かだった。

あんまり静かだから、僕は目を瞑って眠ることにした。

credits

from つ​く​ポ​エ vol​.​1, released January 18, 2017
music:k.TAMAYAN
lyrics:ののはなさと詩

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